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下遠野 邦忠Balenciaga Mallorca Rubber Mules
肝炎・免疫研究センター 特任部長

  • 略歴

    1944年
    福島県生まれ
    1967年
    東北大学理学部化学科卒業
    1969年
    東北大学大学院理学研究科修士課程終了
    1972年
    国立遺伝学研究所 分子遺伝部研究員
    1973年
    北海道大学薬学研究科博士課程終了 薬学博士
    1978年~1981年
    米国ウィスコンシン大学 McArdle癌研究所留学
    1983年
    国立がんセンター研究所 ウイルス部室長
    1985年
    国立がんセンター研究所 ウイルス部部長
    1996年
    京都大学ウイルス研究所 教授
    2002年~2006年
    京都大学ウイルス研究所 所長併任
    千葉工業大学附属研究所 教授
    2011年
    国立国際医療研究センター 肝炎?免疫研究センター 特任部長
  • 受賞等

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    日本遺伝子学会奨励賞
    野口英世記念医学賞
    日本癌学会・吉田富三賞
    高松宮妃癌研究基金学術賞
  • ウェブサイト

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職工にあこがれる

自然が豊かな土地で生まれ育ったのですが、身の回りに小さな生きものや植物が満ち溢れているのが当たり前過ぎて、特別な興味を持たずに過ごしました。おもちゃを分解したり、壊れた柱時計を修理しようとしてゼンマイで指を切りつつ格闘したり、むしろ機械いじりっぽいことのほうが好きでしたね。中学生になると工作も本格的になって、真空管ラジオを作ったりしましたよ。1957年、茨城県東海村の原子炉(第1号実験炉)が臨界点に達し、日本で初めて「原子力の火」が灯ったと大きなニュースになりました。理科の先生がウランの核分裂の話を解説してくれたことを、今でも鮮明に思い出します。自分も汽車で1時間くらいかけて原子炉を見学に行ったのですが、興奮しましたね。機械や物理への興味がますます強くなりました。

中学を卒業する時、実は高校に行くかどうか迷ったんです。近所に日立製作所の工場があり、そこで職工になればずっと機械をいじって過ごせるんじゃないかとね。当時は中卒で就職する生徒も多く、自分も半ば本気で日立製作所の入社試験を受けようと考えました。でも先生と進路相談すると、就職については高校に入ってからもう一度考えればいいじゃないかと諭されて、進学することにしたのです。

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高校でも理科系の科目を選択し、面白いのは物理、好きなのは化学でした。好きといっても、周期表の見方とかコツをつかめばテストで点を取りやすいという意味で、あまり真面目な理由ではなかったのですが。大学では化学を学ぼうと思い、東北大学理学部に入学しました。東北大学では、希望する学科に進学できるかは教養部の1年目の成績で決まります。ところが入学後の開放感に浸りすぎてしまい、化学科へ進学するには成績が足りません。行けるところは生物学科だけだったのでしたが、高校時代も大学の教養部でも生物を授業で取ったことがなかったし、そもそもあまり生物が好きではない。結局留年して、翌年化学科に進学しました。

1年を棒に振ってまで選んだ化学でしたが、具体的に何をしたいのかが定まっていたわけではありません。当時の化学教室を見渡してみると、有機化学では、質量分析器や赤外分光法やNMRなどを駆使して天然物の構造解析をしたり、複雑な有機化合物の合成をするなど、不夜城のように各研究室が稼働していました。また無機化学、量子化学、錯体化学、分析化学等の研究室も、同様の忙しさでした。「化学は簡単」というイメージが全くの思い込みだったことを思い知ったわけですが、いろいろな講義を聞いているなかで、昆虫の脱皮ホルモンの構造と生理活性の関連で研究をしているラボの仕事から、有機化学と生物学にまたがる分野があることを知り、ちょうどそのころ新設された生物有機化学講座に入りました。初めて代謝や酵素など生物の基本を学ぶことになり、生物学をもう少し真面目にやっておけばよかったなと反省しましたね。生物有機化学講座のテーマは、タンパク質を分解してアミノ酸配列を一つ一つ決定する、タンパク質の生物化学でした。有機化学で扱う手法とは異なる実験が多く、戸惑いながらも少しずつ理解を深めていきました。

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国立遺伝学研究所での10年間

三浦先生は、渡辺格先生がウイルス研究所におられたときの助手で(実際には赴任していないとのことですが)、名古屋大学では大腸菌や酵母のtRNAの一次構造の解析をされており、遺伝研に赴任される頃から真核生物のmRNA合成に興味を持たれていました。当時はまだ、細胞から特定のmRNAを取り出すことは至難の技でした。カイコに感染する2本鎖RNAウイルス(カイコ多角体病ウイルス)はウイルス粒子の中にRNAポリメラーゼを含んでおり、ウイルスだけでRNAを合成する能力があります。これが、真核細胞でのmRNA合成モデルになると考えられたのです。

遺伝研の研究室は、先生の他は、東京大学薬学部で博士課程を修了されたばかりの古市泰宏さんと私だけの小さな所帯で、ウイルスのゲノム構造の解析や、ウイルスから産生されるmRNAの構造の解明に取り組みました。私は、ウイルスをRNAの前駆体と共に保温すると新たなRNA合成が始まることを明らかにして、産生されたRNAの末端配列の解析を分担しました。しかし実際に合成反応を行うと、加えたウイルス量に比べて合成されるRNA量が少ないことに気づいたのです。三浦先生はウイルス粒子の中にある2本鎖RNAの末端配列を調べていて、それは通常のアデニル酸ではなく、メチル基修飾されたメチルアデニル酸であることを注意深い観察から突き止めておられました。そこで古市さんは、RNA合成が進まないのは、アデニル酸をメチル化するための基質Sアデノシルメチオニン(SAM)が足りないためではないかと考え、SAMを入れて実験をしてみると、見事にRNA合成量が10倍以上高くなったのです。mRNAの末端がメチル化されていることの重要性を示したこれらの研究は、ウイルスのみならず、真核生物のmRNAが5'末端に持つ「キャップ構造」の発見に繋がりました。

私はこの大発見の前座としてウイルス研究に加わったわけですが、目的に応じて最適な研究材料を見出す三浦先生のセンスを実感しましたね。そして、自分の出したデータを大事にし、小さなところも見逃さない姿勢も学びました。先生がメチルアデニル酸の存在に気づかれたのは、RNAゲノムの末端塩基を決めるために端から酵素分解して取り出しては、それをペーパークロマトグラフィーで二次元展開し、標準になる塩基との位置関係から塩基を同定する仕事をされていたときです。末端の塩基が標準のアデニル酸とわずかに異なる場所に位置することに気づき、何度も確認実験をしてそれがメチルアデニル酸であることを明らかにしました。しかし、先生は決して急いで結論を出さなかったですね。ひょっとしたら心の中では急いでいたのかもしれませんが、何通りもの追試をして、確かな証拠を積んでいきました。実験結果のほんのわずかな違いの中には大きな意味が隠れている場合があり、データをありのままにしかも慎重に見ることの重要さを三浦先生から教わりました。

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学位を取ってしばらくした頃、三浦先生から留学を勧められました。ウイルスを材料とする生物研究を続けたいと思い、1978年から米国に留学し、レトロウイルスの研究をしているHoward Temin博士のもとで仕事をする機会を得ました。Temin博士は1970年に逆転写酵素を発見し、1975年にノーベル生理学・医学賞を受賞された方です。留学中に直接伺ったエピソードですが、すでに大学院の時の研究から、ニワトリにがんを生じさせるレトロウイルスが複製する際にはゲノムRNAがDNAに変換されるに違いないと考えていたそうです。その後、DNAからの転写反応を阻害するActinomycin Dが市販されすぐに実験をしたところ、これを添加した細胞ではレトロウイルスの産生が阻害されることがわかりました。この発見を1963年にVirology誌に報告し、1964年に「レトロウイルスはDNAに変換されて細胞の染色体に組み込まれ増殖する」というプロウイルス仮説を提唱したのですが、その仮説は逆転写酵素を発見する1970年まで懐疑的にも見られていました。

私が留学してまず取り組んだのは、レトロウイルスの遺伝子解析です。前述したように、レトロウイルスは細胞に感染する過程でRNAからDNAを逆転写し、そのDNAが細胞の染色体に組み込まれます。組み込まれたウイルス由来のDNA配列を解析したところ、両端部に繰り返し配列を持つなど、バクテリアの転移性DNAであるトランスポゾンと共通した特徴があることを発見しました。これは、逆転写されたDNAはトランスポゾンと似た仕組みで宿主ゲノムに組み込まれることを示唆し、プロウイルス仮説と矛盾しないことになりNature誌が受理しました。もともとトランスポゾンは、トウモロコシに班入り現象を引き起こす遺伝子として発見され、その後、細菌、酵母、ショウジョウバエなどにも存在することが明らかにされました。私の研究は思いがけず日本の新聞でも報道され、「動物のがんウイルスもトランスポゾンらしい」と紹介されました。トランスポゾンのうちレトロウイルスのようにRNAを中間体にするものは、レトロポゾンとも言われるようになりました。

その頃、レトロウイルス感染によるがんの発症には、ウイルスが持っているがん遺伝子(もとは宿主ゲノムに由来する遺伝子)が重要なはたらきをすることが明らかになってきており、レトロウイルスの研究をしてきた多くの研究者ががん遺伝子とその機能解明の方向へと進みました。一方、レトロウイルスの組み込みにより、宿主ゲノム上の遺伝子が活性化(プロモーター挿入)されてがん化する場合があることもわかり、ウイルスの組み込み部位の解析から新たながん遺伝子の解明とがん化の機能を明らかにする研究も盛んになりました。また1983年、後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因がレトロウイルスの感染によるものらしいと発表されると、マウスやトリのレトロウイルスを扱っていた研究者がヒト免疫不全ウイルス(HIV)に取り組み始めました。

さて私はというと、がん遺伝子に興味がなかったわけではないのですが、がん遺伝子の研究は競争が激しすぎて自分には向いていないと感じていました。こういう逃げ腰な態度は、本当は研究者としてはよくないなと今でも思うところです。レトロウイルスとトランスポゾンの類似性には引き続き関心がありましたので、レトロウイルスが宿主ゲノムに組み込まれる現象の応用を考えました。人為的に遺伝子をレトロウイルスゲノムに取り込ませれば、その遺伝子を細胞内に効率よく導入することができると考えたのです。モデル系として、ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼ(TK)をレトロウイルゲノムに組み込み、TKマイナスの細胞をTKプラスに転換できるか試しました。チミジンキナーゼを持つ細胞だけが生育する培養液(HAT培養液)に感染細胞を移して選択を行うと、数えきれない程のTKプラスの細胞が出現しました。この成果はCell誌に掲載され、レトロウイルスベクター研究のはしりとなりました。レトロウイルスベクターは、基礎研究レベルでは今でもよく使われています。一時は臨床応用もされましたが、染色体にランダムに組み込まれるためプロモーター挿入によるがん化の問題があり、遺伝子治療には現在ほとんど行われなくなりました。

Temin博士の薫陶

Temin博士のラボ運営に関しては学ぶことが多かったですね。ラボ内の受け入れ学生数を少なく(ポスドクが4人程度)制限し、各自に独立した研究テーマを持たせていました。テーマを決めるときも、まず本人にいくつか提案させるのです。そこで、これはもうすでに誰かがやっている、このラボでは実験が難しいなど取捨選択してきます。残った案の中で彼と興味が一致したものを決めると、あとは自由に進めなさいとなります。君はこの仕事をしなさいというふうには、ラボの人を動かしてないんですよ。もちろんほったらかしにしているのではなく、毎週金曜日はラボ内の個人個人と仕事の話をする日に当てていました。周りはこれを「confession」と呼んでおり、同業者の間では有名だったようです。当時、コールドスプリンハーバー研究所で毎年行われていた「RNA tumor virus meeting」に参加した時のことです。Teminのラボからですと自己紹介すると、「confessionしているか?」とよく聞かれましたね。実際にはconfession(ざんげ)という雰囲気ではなく、ラボ内の学生やポスドクの実験内容を聞いて、判断し、さらには自分のアイディアを述べるという極めて教育的な観点からの指導でした。また各自の研究テーマは、必ず一人で行うこととされていました。ラボ内で実験材料をやりとりしても、謝辞することはあっても論文に共同研究者として加えることはなく、実際に考えて実験した者だけが著者になります。だから、研究室から出る論文のほとんどは筆頭著者とTemin博士の2名、多くても3名というのがほとんどだったはずです。これらのことは、若い研究者の考えを聞いて育て、自分の仕事に責任を持たせるというTemin博士の教育方針なのだと思います。

留学の終わりが近づいた頃、帰国を前にした私のために、Temin博士はご自宅で送別会を開いてくださいました。一緒に参加していた同僚から、あのようなもてなしぶりは見たことがないというのを聴きながら帰った覚えがあります。帰国後もTemin博士との交流は続きましたが、がんのため惜しくも58歳の若さで亡くなられました。

ヒトT細胞白血病ウイルスに挑む

ウイルスの研究には二面性があります。一つは、生命現象の理解に役立つモデル材料としてのウイルス研究。先に紹介したmRNAのCAP構造の発見や、アデノウイルスを用いたスプライシングの発見、レトロウイルスのがん遺伝子の発見などは、遺伝情報の伝達機構や細胞生物学の理解に役立ちました。今後も、ウイルスを通した生命現象の理解が進むでしょう。もう一つは、感染症の原因としてのウイルス研究です。この場合、ウイルスによる病気の発症の解明とその予防が研究の目的となります。これまでに多くのウイルス疾患が報告され、研究が進んだ結果、予防あるいは治療が可能になったものがいくつかあります。帰国して国立がんセンター研究所に移った理由の一つは、疾患との関連でウイルスを学び直そうと考えたからです。

1970年代後半、成人のみが罹患する不思議な白血病を京都大学の高月清先生が発見し、成人T細胞白血病と名付けられました。その後ウイルス研究所の日沼頼夫先生が、成人T細胞白血病がウイルス感染によることを証明されました。さらに、当時癌研究所にいた吉田光昭博士がウイルスを分子生物学的に解析して、これがレトロウイルスであることを明らかにしました。日沼先生はこのウイルスをadult T-cell leukemia virus(ATLV)と命名しましたが、レトロウイルス国際委員会によりhuman-T-cell leukemia virus type I(HTLV-I)の統一名称が採用されています。成人T細胞白血病の患者は日本の西南地方に多く見られ、全体で約200万人と推定されていました。このウイルスは血液や母乳を介して感染しますが、現在では感染予防のための種々の方策が取られています。

国立がんセンター研究所のウイルス部でHTLV-Iの研究に参入することになりましたが、先行研究とは異なる新たな切り口からのアプローチが必要であると私は考えました。ちょうどその頃、Temin博士のラボで一緒だった大学院学生で、その後UCLAに移ったIrvin Chen博士(現UCLA AID Institute 所長)が欧米に患者の多い毛様細胞白血病の一種(T-cell variant of hairy-cell leukemia)から、HTLV-Iとは少し異なるレトロウイルス遺伝子(HTLV-II)を単離していました。このウイルスゲノムとHTLV-Iのゲノムを比較すれば新たな展開が生まれると考え、共同研究を始めることにしました。

HTLV-II の全長の配列を決定して比較したところ、2つのウイルスゲノムは、タンパク質をコードする領域の塩基配列で約60%の類似度がありました。そして特に、吉田博士らがその存在を明らかにしたものの機能不明であったopen reading frame(X)がどちらのウイルスにも存在し、しかも他の領域よりも高い類似度を持っていることが明らかになりました。その後、この領域から発現するタンパク質は転写活性化因子であることが明らかになり、Taxと名付けられました。Taxは発がん過程に重要なはたらきをしていると予想され、多くの研究者がTaxによる転写制御の研究を始めるきっかけとなりました。

あきらめかけたC型肝炎ウイルス

日本には成人T細胞白血病の他に、ウイルス性と考えられる疾患で外国よりも患者が多く、国民病とでもいうような正体不明の肝炎がありました。当時、肝炎を引き起こすウイルスにはA型肝炎ウイルス(HAV)とB型肝炎ウイルス(HBV)が知られていました。一方、輸血を受けた人や肝炎患者の手術を行った外科医が、A型でもB型でもない慢性肝炎になりやすいことが指摘されていました。後にC型肝炎と命名されたこの肝炎は、非A非B型輸血性慢性肝炎(NANBH)と呼ばれ、肝臓がんの発症リスクを高め、患者が増え続けていることが大きな社会問題になっていました。そこで1988年、厚生省(現厚生労働省)のもとにNANBHの原因因子を解明する研究班が組織されました。原因がウイルスだとわかれば、HTLVのように感染経路を突き止めて予防や治療への道が開けると期待できます。私もその班に加えて頂き、原因ウイルスを明らかにするための研究計画書を申請して1988年4月から研究をスタートしました。

ところがなんと、研究を初めて数ヶ月もたたないうちに、米国のChiron社がC型肝炎ウイルス(HCV)の遺伝子の一部を明らかにしたというニュースが流れてきました。しかもその後詳しい研究内容が明らかになると、私が出していた計画書とほぼ同じ手法であったのです。実験を開始する前に、私は負けていたわけです。がっくりしてプロジェクトから撤退しようかと考えながらも、米国での発見が本当かをとりあえず自分たちで確認してみることにしました。

肝炎の患者さんから採取した血液を用いてHCVを単離し、Chiron社が特許情報として公開した配列と私たちが解析したHCVの配列を比較しました。すると、似てはいるけれども、明らかに少しずつ異なっていることがわかりました。実験のミスで配列を読み間違えた可能性は、何度も追試したうえで排除しています。この少し異なる塩基配列の意味することは不明でしたが、わずかな違いの中には大きな意味が隠れている可能性があることは、三浦先生の研究室で経験済みです。HCVの全体像はまだ明らかになっていなかったので、日本に特有のHCVゲノム構造を決める仕事に取りかかりました。この仕事は、加藤宣之博士(現岡山大学教授)が中心になり進めました。ゲノム全体の構造が分かると発現するウイルスタンパク質を明らかにする仕事が出てきましたが、それは土方誠博士(現ウイルス・再生医科学研究所准教授)が中心になり明らかにしました。その過程で、異なるHCV遺伝子型が世界中で数種類存在すること、加藤さんが明らかにした配列は世界で最も多く存在する遺伝子型のひとつであることがわかってきました。実はこの遺伝子型の違いは、HCVの診断にとって重要な意味を持っていました。臨床で用いられていたHCVの診断キットには、Chiron社などが開発した血中のウイルスタンパク質の抗体に反応するウイルス抗原が利用されていました。しかしこれは米国のウイルス型をもとに作成された抗原だったので、日本人に2割程度存在する異なる遺伝子型のウイルスは検査漏れになることが私たちの研究で示されました。

またウイルスゲノムの両端の構造を詳細に調べると、新たな配列の存在が明らかになりました。この配列が無いとHCVゲノムの複製はおこらないことが後で他のグループから示されました。この仕事は、田中寅彦博士(現日本大学)が明らかにしましたが、配列の存在を知ってからその機能を明らかにするために一年以上も伏せておいた間に、他のグループに先に特許を取られてしまいました。

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ウイルス研究では、培養細胞での複製系の樹立がその後の研究の成否を支配します。実験室でウイルス増殖を再現できれば、ウイルスの生活環を解明し、抗ウイルス剤の開発を加速させることができます。実はHCVが感染するのは、ヒトとチンパンジーの肝臓細胞だけなんです。ヒトの肝臓でも、株化した細胞にはほとんど感染しません。極めて実験がしにくいのです。私たちはHCVのゲノム構造を明らかにしましたが、肝心の複製系を作ることができないままに時間が過ぎました。その間にドイツのグループが、ゲノムに薬剤耐性を組み込んだ組み換えHCV RNAを構築し、それが効率よく培養細胞で複製することを示しました。また、国立感染症研究所の脇田隆字博士らが高い感染性を示すHCVゲノムの作成に成功し、HCV研究は佳境を迎えます。

がんセンター研究所に10年と少し勤めて、次に移ったのがウイルス研究所です。私は研究に必要な3要件を予算、スペース、人と考えていて、がんセンターでは予算とスペースはある程度満たされていました。大学は逆に、予算と場所は取りにくいけど、学生さんがたくさんいる。どちらが良い悪いというわけではなく、研究環境を少し変えてみたいという思いもあって、ウイルス研の募集に応募したのです。ここに来てまず感じたのは、本当のサイエンスをやることが求められているという雰囲気です。応用研究から、基礎研究の現場に戻って来た緊張感がありました。

ウイルス研でも引き続きHCVに取り組みました。薬剤耐性遺伝子を組み込んだHCVゲノムを独自に作成し(岸根弘依博士ら)、HCVの感染・複製を容易に解析するための実験系を自分たちもようやく手にしました。この系を用い、渡士幸一博士(現国立感染症研究所主任研究官)は免疫抑制剤であるシクロスポリンが抗HCV効果を示すこと、その効果は免疫抑制機能を介したものではないことを示しました。また村田貴之博士(現名古屋大学准教授)は、その他数種の因子がHCV複製を制御することを明らかにしました。

HCV感染者は肝臓に脂肪がたまりやすくなり、これが脂肪肝や肝臓がんを発症させると考えられています。しかしHCVが細胞の環境をどのように変えて、細胞内で自身を複製しているのかなどは全く明らかでありませんでした。大学院学生だった宮成悠介博士(現基礎生物学研究所特任准教授)は、感染性HCVを用いて細胞内の様子を観察し、ウイルスのコアタンパク質が脂肪滴(脂肪を貯蔵する細胞小器官)の周辺に集まって存在することを明らかにしました。この発見がきっかけとなり、HCV感染による細胞内脂肪代謝の変化を描出するとともに、HCV感染が細胞の脂肪代謝を変化させ、それが肝疾患に繋がるという道筋をクリアーにしたと思います。

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ウイルス研を退職するとき、これで仕事を終わりにするかとも考えたのですが、自分自身で体を動かして実験しながら研究をもう少し続けたいという気持ちもありました。そこで関東に戻り、千葉工業大学で5年間、続いて国立国際医療研究センターにある肝炎免疫?研究センターで、HCV研究の継続と、新たにB型肝炎ウイルス(HBV)に取り組んでいます。

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C型肝炎は、現在も国内の患者数が150~200万人と推定されている国民病です。ただ、薬の開発が進んだことで、適切な治療を行えば8割以上は完全治癒できるようになりました。HCV研究で残されている課題はまだいくつもありますが、退職した身としては、それらを長い年月をかけて深掘りしていくことは時間的にもう難しいでしょう。別のテーマで、できれば短期的にでも社会に還元する実利的な研究をしたいと思い、選んだのがB型肝炎です。HBVの治療には、ウイルスの増殖を抑制する複数の抗ウイルス薬が使用されていますが、ウイルスを体内から完全に排除することはまだできていません。HBV研究でもやはり、複製を再現する実験系が課題となっています。HBVを細胞に感染させることはできるのですが、感染が成立しているかどうか、あるいは増殖し感染能力を持ったウイルスが放出されているかどうかを簡単に測定する方法がないため、抗ウイルス効果を持つ薬剤を大規模にスクリーニングすることが難しいのです。このような場合、ウイルスゲノムに感染の目印となるレポーター遺伝子を組み込むのが常套手段ですが、HBVゲノムは全長が3,200塩基対しかなく、しかもタンパク質をコードする遺伝子が重なり合って存在するという複雑な構造をしているため、簡単には外来遺伝子を導入できません。これまで多くの研究者が試みていましたが、いいレポーターウイルスは存在していませんでした。

私はHCVに関しては実績がありますが、HBVに関してはど素人です。そういう者がHBVの研究費に応募してきたのですから、昔からB型肝炎に取り組んできた専門家からは「分野違いの者に何ができる」という目で見られていたと思います。でも悩んだり気にすることはありませんでした。要は、みんなが試してないことをやればいいんでしょっていう気持ちでしたから。この場合、レポーター遺伝子に求められる性質は、レポーター活性ができるだけ高いことと、遺伝子サイズが極めて小さいことです。この2つを併せ持つものを探し、たまたま選んだ蛍光遺伝子をHBVに入れたらこれが成功。目的としたレポーターHBVができてしまったのです。これを使いたいと言ってくれる方には、気前よく配っています。若い時なら、自分である程度成果を出すまでは外に出さなかったかもしれませんが、今はそういうつもりはありません。日本全体のHBV研究が進展することを願っています。

研究の布石を打つ

今までの研究を振り返ると、一貫してウイルス研究を続けてきましたが、その場その時の状況に応じて好奇心でテーマを選んできた結果なのかなと思います。実は私は、日常の実験スタイルもそうなんです。思い立ったらすぐに試してみる、好奇心がわいて何かアイデアが浮かんだら、あんまり真剣に考えないで検証するのです。HBVレポーター開発の時もそうでした。成功するかどうかわからないアイデアに深く考えず突き進めるのは、退職した身で身軽だからという事情も確かにありますが、もともと自分は研究に関して腰軽なんです。

生物学は、物理学のようには仮説を立てにくい学問であると昔からいわれていますね。だから、思いついたことがあれば、遊び心的に検証してみるのも大事なんですよ。もちろんそれでうまく行くことはめったにないんですが、ちょっと実験して確認して落ち着くと、じゃあまた新しいことを考えようときりがつくわけです。そうすると、軽く試していたことが、意外と次の研究の布石になっていたりするんですね。面倒くさがらずに実験する。当たり前のことですが、生物学を志す方には、好奇心とその心を検証する遊び心を大切に持って欲しいと思います。

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